六十年、あゆみの記
めもいら
2章 / 全5
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学生時代

 高校の野球部グラウンド——学生時代を振り返るとき、私の記憶はいつもあの場所へと戻っていきます。土埃が風に舞い、金属バットの乾いた音が遠くまで響いていたあの場所です。私は補欠でした。スターティングメンバーとして名前を呼ばれることはほとんどなく、試合のほとんどをベンチから眺めていました。それでも、放課後の三時間をあのグラウンドで過ごした日々は、四十年以上が経った今も、体のどこか深いところにしっかりと刻まれています。何かを達成したわけでも、輝かしい記録を残したわけでもない。それなのに、あの場所だけが妙に鮮やかに蘇ってくるのです。

 私が通っていたのは工業高校でした。午前中は機械科の実習場で、旋盤やフライス盤と向き合う日々が続きました。鉄を削る甲高い音、鼻の奥につんと残る冷却油の匂い、使い込んだ作業着に染み込んだ機械油の重さ。それが昼間の私の世界でした。けれど午後三時のチャイムが校舎に響き渡ると、空気は一変しました。私たちは体育館裏の薄暗い部室へと駆け込み、汗の染み込んだユニフォームに着替えます。グローブを手に取り、グラウンドへ向かうその短い道のりで、不思議と体が軽くなるのを感じました。実習場の油と鉄の世界から、土と草と夕風の世界へ。その切り替えだけで、私は十分に満たされていたのかもしれません。

 試合に出る機会はほとんどありませんでした。それでもベンチから声を張り上げ、雨天の日には黙々と鉄バットを磨き、夏の遠征では先輩のバットケースを抱えて駅まで歩きました。誰かに褒められるような仕事ではありませんでした。しかし、そうした地味な役割を重ねるうちに、私は「自分はここに居ていいのだ」という感覚を、静かに育てていったように思います。家では父とうまく話せませんでした。何かにつけて優秀だった兄に対しても、言葉にならない複雑な気持ちを抱えていました。けれどグラウンドの土の上にいるとき、そうした気持ちは不思議と薄れていきました。あの場所には、私を余計なものから遠ざけてくれる、どこか穏やかな力があったのです。

 練習が終わり、西日が校舎の窓を橙色に染める夕方、私はしばしばホームベースの後ろに一人で残って素振りをしていました。誰も見ていません。監督もいなければ、声援もない。ただバットを振る音だけが夕暮れの空気を切り、自分の息づかいだけが耳に届きます。うまくなりたいという野心があったかどうか、今となっては正直わかりません。ただ、素振りを終えたとき、明日もここへ来ようと思える——それだけで、あの頃の私には十分でした。誰かに認められなくても、輝かしい結果を出せなくても、自分の足でグラウンドに立ち続けること。それが、ひそかな誇りでした。

 高校三年の秋、最後の公式試合が終わったあと、グラウンドの端にしゃがみ込んで泣いている同級生がいました。肩を震わせながら、声を殺して泣いていました。私は泣けませんでした。涙が出てこなかったのではなく、何か別の感情が静かに胸を占めていたように思います。自分の人生はきっと、こんなふうに目立たないまま続いていくのだろう——そう思ったとき、不思議なことに、怒りも悔しさも湧いてきませんでした。むしろ、それでいいのだという、妙な納得感がありました。夕日に照らされたグラウンドの赤茶けた土、遠くに見える校舎のシルエット、風に揺れる金網のフェンス。あの夕方の光景だけは、四十年以上の歳月が流れた今も、まるで昨日のことのようにはっきりと目に浮かびます。